李禹煥*
LEE Ufan, 1936- (昭和11- )
韓国慶尚南道に生まれる。1956年、ソウル大学入学。文人として知られた黄東蕉から幼年期を通して詩、書、画を教わる。同年同校を中退し来日。61年、日本大学文理学部哲学科卒業。67年、サトウ画廊(東京)にて初個展。69年、評論「事物から存在へ」が美術出版社の芸術評論募集に佳作入選。60年代から70年代にかけて、石や鉄板を組み合わせて、物と物やその場所との関係を強調した作品を発表。自然の素材を、ほとんど手を加えないまま作品とする「もの派」の代表的な作家となり、後の世代に大きな影響を与えた。70年代からはカンヴァスに顔料で、筆のあとをつけるように描いた絵画のシリーズを制作。1970年以降、青山デザイン専門学校、東京総合写真専門学校、多摩美術大学で教鞭をとる。2001年、第13回高松宮殿下記念世界文化賞受賞。
《風より》From Wind
1986(昭61)
油彩、岩絵具・カンヴァス
218.0×291.0cm
李禹煥は、もの派を代表する作家の一人である。もの派とは、1960年代後半に登場した、木や石、ガラス、鉄板、布、紙などの素材に、ほとんど手を加えることなく作品として提示する作家たちの総称である。雑誌『美術手帖』の1970年2月号に発表された、李の「出会いを求めて」によれば、もの派の作家たちは、雨上がりの水溜まりや、朝日を浴びて光るコップなど、世界自身のあるがままの鮮やかさに「出会い」、そうした出会いの瞬間を構造化、普遍化する「出会者」である。李自身、68年頃から、石とガラス、石と鉄板といった組み合わせによって、周囲の空間に生命感をみなぎらせる彫刻を発表し続けている。
李の絵画シリーズは71年に開始される。《点より》、《線より》の禁欲的な反復の身振りから、80年代の荒々しい《風より》を経て、90年代には、最小限の筆あとによってカンヴァスに大きな余白を残す《照応》のシリーズへと展開する。2000年11月に刊行された著作集『余白の芸術』では、このカンヴァスの余白が外界の無限性を作品の内部に取り込む重要な要素であり、かつて反復によって示されていた無限感の別な形での展開であることが説明されている。当館所蔵の《風より》では、自在な筆跡が画面全体を埋め尽くしている。無限反復による充溢の絵画が極点に達し、広大無辺の余白の絵画へと急転回する、その臨界点に位置する作品といえるだろう。