磯崎新の建築

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磯崎新の建築
© Mitsumasa Fujitsuka

群馬県立近代美術館の設計は1971年に磯崎新に委託された。群馬県美術館建設準備会の主導者であった井上房一郎は、まず群馬音楽センターの設計者、アントニン・レーモンドを候補に挙げていたが、作家の斎藤義重の紹介で磯崎新を知り、当時まだ新進気鋭のこの建築家を推薦したという。
磯崎の群馬県立近代美術館についてのコンセプトでは、1.2メートルを基準とした立方体フレームの集合体が、美術作品を取り巻く額縁に喩えられた空洞として想定されており、美術作品が通過するこの空洞(空間)は流動的に変化し、増殖可能なものとされている。それにより、現建築は一辺を12メートルとした立方体フレームの集積を基本構造とし、外壁のアルミパネルやガラス面グリッドの一辺は120センチメートル、エントランスホールの壁面、床面の大理石パネルは一辺60センチメートル、床のタイルは一辺15センチメートルの正方形、というように構成要素は全て12メートルを基準とした寸法の正方形となっている。また、増殖する立方体という考えは、1994年のシアター棟、1998年の現代美術棟増築によって立証された。
この建築によって、1975年、磯崎新は第27回日本建築学会賞(作品)を受賞した。

磯崎 新(いそざき・あらた) 1931- (昭和6- )

大分市に生まれる。東京大学工学部建築科で丹下健三に師事。同大学院博士課程を経て、63年磯崎新アトリエを設立。60年代から70年代にかけて、旺盛な評論活動とともに、様々な時代の建築様式からの引用による、幾何学的な形態の建築作品を発表。この間の代表作に「大分医師会館(旧館)」(1960)、「大分県立中央図書館」(1966)、「群馬県立近代美術館」(1974)等がある。80年代に入り、ポスト・モダンの時代潮流により、世界的評価と名声を得ていった。また「パリ芸術祭・日本の時空間-間-」(1978、パリ装飾美術館)や「ルイス・カーン展」(1992、群馬県立近代美術館、MoMA他、世界巡回)等の展覧会を企画構成。90年以降は「水戸芸術館」(1990)、「ティーム・ディズニー・ビルディング」(1990)、「豊の国情報ライブラリー」(1995)等を発表。2019年プリツカー賞を受賞した。日本を代表する建築家である。

エントランスホール

エントランスホール
© Mitsumasa Fujitsuka
エントランスホール
© Mitsumasa Fujitsuka

展示室

展示室1
展示室1 © Mitsumasa Fujitsuka
展示室2
展示室2 © Mitsumasa Fujitsuka
展示室3
展示室3 © Mitsumasa Fujitsuka
展示室7 (山種記念館)
展示室7 (山種記念館) © Mitsumasa Fujitsuka

その他施設

茶室
茶室 © Mitsumasa Fujitsuka
茶室
茶室 © Mitsumasa Fujitsuka
講堂
講堂 © Mitsumasa Fujitsuka

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