ヘンリー・ムーア
Henry MOOR,1898-1986
《三人の女性と子供(奉献)》 Three Women and a Child-Presentation
1942
グワッシュ、
カラークレヨン・紙
34.2×50.0cm
1940年の秋、ムーアは従軍美術家として、地下防空壕、つまり当時ナチスのロンドン空襲にあって、即席につくられた地下鉄構内の防空壕をつぶさに観察し続ける。防火管制の下、暗い牢獄のような地下鉄駅の中で、ムーアの観たものは空襲を逃れ避難してきたロンドン市民の姿だった。
この作品が制作された時期つまり42年を挟んでの40年から43年の間に制作されたムーアの彫刻は、少なくともシルヴェスターの編集したレゾネ(作品目録)には存在していない。これは空襲でロンドンのアトリエが被災し、彫刻が制作不能に陥ったということもあろうが、この時期にはただ素描が、わかりやすいものと、そしてなぞめいた素描のみが確認される。
作品の構図自体は、15世紀ヴェネツィアの画家ジョヴァン二・ベッリーニの《聖母子と二人の聖女(聖会話)》からとられたものであろう。ムーアがこのヴェネツィア・ルネサンスの傑作に接したのは25年のイタリア旅行に際してか、あるいは何かの図版によってかは定かではないが、副題につけられたキリスト教用語の「奉献(Presentation)」という言葉からもこのことは容易に想像がつく。ただこの作品が、防空壕のなか折り重なるように夜をしのいでいる母子の印象から生まれたものでもあることは忘れてはならない事実であろう。