ホセ・マリア・シシリア*
José Maria SICILIA, 1954-
シリーズ「赤い花々」より
*画像はありません。
1998
油彩、臘・板
184.5×157cm
目がさめるように鮮やかな赤色の花。近寄って見ると、画面に筆跡は見えず、乳白色の部分は光を吸い込んでいくかのようである。
この独特の質感は、半透明で光を通す「蜜躐」の材質に由来するものである。スペイン出身のホセ・マリア・シシリアは、1990年ごろから、こうした躐を使った作品を制作してきた。この作品では、油絵の具と躐を混ぜ合わせたものによって、鮮明に発色しつつ揺らぐ花のイメージが生み出されている。
この花の下に、実はイスラム経典のコーランからの1ページが埋め込まれている。花の陰から一部ぼんやりと浮かび上がるコーランは、近寄っても読解不可能である。しかしこのコーランが、花の下に封印されたところで、もし宗教的精神性の象徴としての代価をもつものととらえられるのならば、近代にも自然の中に宗教性を見いだしたロマン主義の作家たちがいたことを、思い起こすことができるだろう。
蜜躐による絵画は、美術の歴史において、古代ローマの時代にまでさかのぼる。そのころオヴィディウスは『変身譯』の中で、ピュラモスとティスベーの物語の最後に、血によって黒に染まりゆく花のメタモルフォーズを語ってはいなかったか。中央で黒の色彩がにじむシシリアの赤い花は、そうした遠い古代の物語と歴史の記憶をも揺さぶる。